第24回産業医科大学国際シンポジウム・
第6回産業生態科学研究所国際シンポジウム・
第6回ICOH医療従事者のための産業保健国際会議を終えて


産業医科大学・産業医実務研修センター
織田 進

はじめに
 平成16年10月7日から10日まで、産業医科大学ラマツィーニホール(北九州市八幡西区医生ヶ丘1-1)において第24回産業医科大学国際シンポジウム・第6回産業生態科学研究所国際シンポジウムが第6回ICOH医療従事者のための産業保健国際会議と合同開催された。

 医療従事者は、従来から存在する病原体感染や有害物質汚染による生命の危険に曝露されている。日本でのサリン事件でみられた生物化学テロリズムに加え、重症急性呼吸器症候群(SARS)、鳥インフルエンザなどの新たな脅威が医療従事者の安全衛生において重要な課題となっている。

 さらに、研修医の過労死から端を発した若い医師の過労死や過労自殺などを含むメンタルヘルスの問題、看護師の腰痛など筋骨格系の障害、交代制勤務や過重労働など一般的な産業保健上の課題が山積している。

 ここでは、学会における主なテーマおよびその成果の一部を報告する。

1.プレカンファレンス
 10月7日に、産業医科大学病院の中央臨床検査部、放射線科、産業医実務研修センター健康管理部(健康診断や人間ドックを実施)を見学の後、病院における産業医活動に関係するテーマでカンファレンスを開催した。最初に病院における産業医活動について、マネジメントシステムの観点から産業医実務研修センター森先生より概説があり、続いて産業生態科学研究所の大和先生より分煙・禁煙対策、シンガポール国立大学のChia先生より新たに発生する感染症に対する医療従事者の呼吸器保護、最後に産業医科大学泌尿器科の松本先生より日本における院内感染の現状について報告があった。

 SARSなど新たな感染症に対する対応として、従来からの法律に基づいた活動ではなく、自主型のマネジメントシステムによる取り組みを早急に開始することが重要である。

2.本会議
 10月8日には、大久保大会長、続いてWickstrom 委員長(ICOH医療従事者のための産業保健に関する委員会)による講演、さらに厚生労働省安全衛生部長の小田清一氏による来賓挨拶により、本会議が始まった。
 わが国では職業性障害や疾病に関する情報について、昨年まで医療従事者の分類がなかった。さらに、英国および米国の統計と比較し、医療従事者については、職業性障害や疾病の報告は過小報告の傾向があり、また、医師・看護師数の少ないことにより医療従事者の仕事負荷が高いにもかかわらず、医療従事者における安全および健康対策のコンプライアンスは、他の職種に比較し不十分であることが報告された。
 最近の医師や看護師はほとんど面識のない同僚と仕事をしたり、入院期間が短縮されたため患者をよく理解するための時間も少なくなっている。医学の進歩により疾病の診断・治療にかかるコストは高くなっているが、最近は患者全員に最良の診療を実施する余裕がなくなっている。一方、患者や家族の診療に対するニーズは高くなっており、医師や看護師は診療に対する説明を裁判所で求められたり、医療過誤に対する告訴が発生していることが指摘された。その他にも、新たな感染症、交代制勤務とくに深夜業、看護師の腰痛や労働時間対策など医療従事者の産業保健に総力を挙げて取り組む時期であると強調された。
(写真1 学会の1風景 JPGファイル,285KB )

1) キーノートスピーチ
 本学会では、6題の講演があった。

 Symington先生(イギリス)からの報告では、従来、医療従事者は職業性障害のリスクに対して寛容であり、雇い主を訴えない傾向があった。また、監督署も病院の環境やハザードに関する経験が限られていた。ここ数年、行政の支援を受け、管理者、医療従事者、産業保健スタッフのそれぞれの役割および責任に関する文書が作成されるなど英国では上記のことは除々に改善されている。これからは、証拠に基づいたより質の高い基準を達成することをめざし、産業保健スタッフの専門教育が必要であり、最近の医療制度の中で、産業保健サービスは複雑になり、ますます医療従事者のストレスは増加することが予想されるため、多様なチームとの連携を図りながら医療従事者の産業保健を実施することが不可欠である。

 Yassi先生(カナダ)からは、医療および医療従事者のグロバリゼーションをテーマに報告がなされた。SARSの発生で世界が経験したように、いかに迅速かつ正確な診断や治療が世界的なレベルで伝達されなければならないか、また、競争、財源縮小、費用効果の改善、組織の再編成や作業手順の見直しなど各国の医療分野で求められている。このため、診療部門以外の外注化、公的機関から民営化などが実施させ、人員不足や労働条件の悪化による医療従事者のストレス関連の報告が増加している。このような状況の中で、経済的グロバリゼーションとして、検査試薬の輸出入や国外遠隔医療サービス、患者が外国で診療を受けること、医療分野の専門家が海外で一時的に活動していることなどが報告された。
 わが国においても国立大学の独立法人化が実行され、海外からの看護師や福祉関係労働者雇用などが検討されているなどこれからの日本の医療を考える上で、貴重な報告であった。

 Eijkeman 先生(スイス)は医療従事者の針刺し事故防止に関する報告をされた。その方法として1)ハザードをなくすこと:注射の代わりになる経口薬、貼付薬を開発し、ジェット式注射器を使用する、2)鋭利な針の改良、3)針刺し事故防止に関するポリシーの確立、教育・訓練(ユニバーサル・プレコーション等)の計画、委員会の設置など、4)針刺し事故の予防に関する現場での教育・訓練の実施、5)個人保護具(ゴーグル、マスク、手袋、ガウンなど)の装着が重要である。また、HIVや肝炎ウイルスによる職業性曝露の予防に必要な行動変容を教育するCD-ROM教材を紹介された。

 Koh先生(シンガポール)は、SARSから学んだこととして報告された。世界のSARS患者の20%以上は医療従事者であったこと、とくにシンガポールとカナダでは40%以上であった。医療従事者だけでなく、SARS患者であることを知らされないで搬送する者、SARS患者とたまたまいっしょだった受診者や別の用事で病院を訪問した者にも感染の危険がある。また、医療従事者にとって精神的インパクトも強烈で、診断されていないSARS患者に接する恐怖などストレスのもとで仕事をしなければならない。
SARS患者を診療する医療従事者は病院内でも行動範囲が制限され、市民からは恐れられたり、非難されることさえあった。実際、シンガポールでは、約半数の医療従事者が市民から避けられていると感じていた。医療従事者は保護具を装着して診療にあたる必要があるが、長期に亘って実行するのは困難であったなど、これからも新たな感染症の発生が予想される今日、医療従事者としてその発生に対する対応を訓練しておくことの必要性が痛感された。

 Hasselhorn先生(ドイツ)からは、患者を対象に働く医療従事者には労働条件が悪い場合にも献身的労働が求められる。仕事に対する献身的意欲や満足度が高ければ、医療機関だけでなく患者にとっても有益なことである。しかし、ヨーロッパの看護師の場合、この献身的意欲は長く続かず、一般の定年退職以前に仕事を辞めることが多い。その理由として、健康問題があるが、その他に1)どのような看護師が献身的に労働をしているかをみると、国別ではフィンランドの看護師が医療機関に対して最も献身的に働いており、イタリアの看護師が最も低いレベルであった。ドイツとノルウェーの看護師は労働条件の良さに比較して献身意欲のレベルは低かった。年齢別では、30-40歳台の看護師は、他の年齢に比較し献身意欲が低かった。小規模の医療機関で働く看護師の方が献身的に働いていた。2)献身的意欲が低い場合、仕事に対する満足度が低く、早期に退職するか、または看護師の仕事を辞めることを望んでいた(意欲ある者に比較し、ベルギーおよびフランスでは3倍、フィンランドでは14倍)。3)仕事における発展は看護職の継続に最も影響し、仕事に対する満足度、さらに仕事に対して適切な評価をされているか、社会や上司からのサポートを受けているかなどがその医療機関で献身的に仕事をするかの指標になった。

 わが国でも、看護師の早期退職が問題になっており、同様の調査を実施し、それに対する予防対策の策定が必要である。
著者は、臨床研修病院におけるメンタルヘルス対策、ワクチン接種状況に関するアンケート調査および産業医科大学でのこれらの取り組みを報告した。とくに若い医師の労働時間管理が不十分、その他メンタルヘルス関連の対策もほとんどなされていないこと、予防接種に関してはインフルエンザとB型肝炎以外では接種率が低いことなどを指摘し、今後は医療機関においても産業医活動を普及するなど医療従事者に対する産業保健の取り組みの重要性を強調した。

2) 口演発表およびポスター発表
 口演発表については、ワークショップ形式として1)SARS、2)労働条件、3)医療従事者の健康および健康リスク、4)看護師の健康および健康リスク、5)感染症対策、6)メンタルヘルス、7)ハザード評価、8)医療従事者に対する研修、9)交代制勤務、10)筋骨格系障害が報告された。
(写真2 ポスター発表 JPGファイル、513KB)

 ポスター発表でも、同様に分類され、2日目には演者による口頭発表後活発な議論がなされた。とくに優秀な発表には、Hans-Martin Hasselhorn先生が主査となり、科学的優秀賞には、W.Kathy Tannous先生(オーストラリア)の「地域の高齢者介護における産業安全衛生マネジドメントシステムの実績判定」、プレゼンテーション優秀賞にはNaesine Chaiear先生(タイ)の「タイにおける医療従事者に対する自然ゴムラテックス手袋アレルギー」、革新的最優秀賞にはPatrycja Krawczyk-Adamus先生(ポーランド)の「超音波技師の筋骨格系負荷」が選出された。

 国別演題登録数について、全体で120題あり、口演では日本21、インド・フィンランド・シンガポール5、中国・フランス・ドイツ3、イギリス・カナダ・オランダ・ナイジェリア2、オーストラリア・ブラジル・デンマーク・マケドニア・マレーシア・フィリッピン・ポーランド・ルーマニア・スコットランド・南アフリカ・韓国・台湾・タイ・トルコ・イギリス1(総数66)であった。また、ポスターでは日本17、タイ7、中国6、インド・イラン4、韓国3、イタリア2、オーストラリア・ベルギー・モロッコ・ネパール・ナイジェリア・ポーランド・スイス・トルコ・イギリス・ベトナム・チュニジア1(総数54)であった。実際には、42ヶ国からの参加者は313名(国内204名、海外109名)であり、特別口演2題、ワークショップ21題、口演発表27題、ポスター発表47題であった。
(写真3 ポスター優秀賞の発表 JPGファイル、356KB)

3.その他
 懇親会は、海岸近くの日本庭園や広大な芝生を有し、またバーベキューができる洋式レストランを併設する料亭で、和太鼓や軽音楽生演奏のもとに、参加者は懇親の輪を拡げることができた。しかし、夕日を眺めながら開催される予定であったが、今年の台風の多さが影響し雨の中での懇親会となり、花火も中止せざるを得なかったのは残念であった。
 その他、世界的な治安状態を反映していると思われるが、ウガンダからの3名の参加予定者が関西空港で強制帰国をさせられた。また、日本に入国するためにビザが必要な国からの参加者には、手続きに時間がかかるためできるだけ早い時期にビザ申請を開始してもらうことも必要である。今回42ヶ国からの参加者があったが、国際学会の運営の難しさを痛感した。
(写真4 懇親会にて JPGファイル、456KB)

4.おわりに
 今回の国際学会は、日本産業衛生学会、日本医師会、日本歯科医師会、日本看護協会、日本病院会、福岡県医師会、福岡県看護協会、独立行政法人労働者健康福祉機構、(財)産業医学振興財団、北九州市(順不同)に加えてWHO、ILOより後援を得て開催することができ、アジアで初めて開催されることもあり、アジアの多くの国々から参加者が集まり、医療従事者の産業保健に関して活発な議論がなされた。また、次回はイタリアのミラノで開催されるICOH国際会議(2006年6月11日〜16日の予定、URL;http://www.icoh2006.it/)で集まることが確認された。日本からも多くの参加および学会発表を期待している。


(産業医学ジャーナル Vol. 28, No. 1 平成17年1月)