まず、後述する健診項目を理解しやすくするために、「有機溶剤とはどういったものなのか?」「有機溶剤を扱う職場ではどのような健康障害が起こりうるのか?」ということを、簡単に説明します。

有機溶剤は、塗装や接着、洗浄、印刷など幅広い用途で、多くの職場で使われています。それだけに、不注意による事故が発生することがあります。まず、有機溶剤には二つの重要な性質がある事を知っておく必要があります。それは、@揮発性 A脂溶性の二つです。

有機溶剤は揮発性があるので、常温でも蒸気となる性質があります。例えば、容器のふたを閉め忘れたり、床にこぼれたりすると高い濃度で蒸発したりします。高濃度の蒸気を吸入すると、急性中毒を起こすことがあります。急性中毒の症状としては、有機溶剤の麻酔作用のための意識障害がありますが、重症になると呼吸不全・呼吸麻痺のため死に至ることもあります。また、低濃度の蒸気を長期間にわたって吸入した場合、慢性中毒になることがあります。「疲れやすい」「だるい」「頭が痛い」「めまいがする」といった症状が出ます。

また、有機溶剤には脂溶性があるので、液状の有機溶剤が皮膚に接触すると脱脂作用によって皮膚が溶失し、皮膚の炎症・角化あるいはそれに伴った二次的な感染を起こす事があります。その他の局所的な作用として、眼・鼻・咽喉などの粘膜に対する刺激作用があります。

また腎臓・肝臓に障害を起こしたり、造血器系、神経系(末梢神経や視神経)に障害を起こすことがあります。

以上のことを踏まえ、問診・診察を進めてください。有機溶剤健診の医師診察における役割は、症状・診察所見の有無の確認とともに、それらが有機溶剤を原因として起こっているか、を判断することです。

 

 

 有機溶剤健診における項目は、有機溶剤中毒予防規則第29条で定められています。雇い入れの際、当該業務への配置替えの際およびその後6ヶ月以内ごとに1回定期に所定の項目の健診を実施しなければなりません。健診項目は以下のようになっています。

 尚、労働衛生機関ネットワーク研究会 座談会において、議論のあった項目につきましては、ページ下にまとめて記載しております。この内容をご参考いただき、各機関の実情にあった健診を実施していただきたいと考えております。以下、関連する項目をT−]で記載しております。ご参照ください。

[必ず実施すべき項目]

@ 業務の経歴の調査
  A ・有機溶剤による健康障害の既往歴の調査
    ・有機溶剤による自覚症状及び他覚症状の既往の調査
    ・有機溶剤によるDG及びILに掲げる異常所見の有無の調査
    Cの既往の検査結果の調査
  B 自覚症状または他覚症状の有無の検査
  C 尿中の有機溶剤の代謝物の量の検査WXZ
  D 尿中の蛋白の有無の検査\
  E 肝機能検査(AST(GOT)ALT(GPT)、γ-GTP
  F 貧血検査(赤血球数、血色素量)
  G 眼底検査
 このうちC及びEGは、次の表に示した有機溶剤に限ります 

検査目的

有機溶剤

C代謝物

E肝機能

F貧血

G眼底

キシレン、スチレン、トルエン、
111-トリクロルエタン、ノルマルヘキサン

 

 

 

NN-ジメチルホルムアミド、
トリクロルエチレン、テトラクロルエチレン

 

 

クロルベンゼン、オルトジクロルベンゼン、
クロロホルム、四塩化炭素、14-ジオキサン、
12-ジクロルエタン、12-ジクロルエチレン、
1122-テトラクロルエタン、クレゾール

 

 

 

 

 

エチレングリコールモノエチルエーテル、
エチレングリコールモノエチルエーテルアセテート、
エチレングリコールモノブチルエーテル、
エチレングリコールモノメチルエーテル

 

 

 

 

二硫化炭素

 

 

 

[医師が必要と判断した場合に実施しなければならない項目]

H作業条件の調査

 I貧血検査

 J肝機能検査

 K腎機能検査(尿中の蛋白の有無の検査を除く)

 L神経内科学的検査

 

 

<問診>

 以下のことについて確認していきます。

    業務歴

    有機溶剤による健康障害の既往歴

    有機溶剤による自覚症状または他覚症状の既往歴

    自覚症状(通常認められるもの 有機溶剤によると思われるもの)[

  ⇒以下の項目の有無について問診票で確認し、必要に応じて適宜質問してください。

頭重、頭痛、めまい、悪心、嘔吐、食欲不振、腹痛、体重減少、心悸亢進、不眠、
不安感、焦燥感、集中力の低下、振戦、上気道または眼の刺激症状、
皮膚または粘膜の異常、四肢末端部の疼痛、知覚異常、握力減退、視力低下、その他

※症状があれば以下のことを確認し、有機溶剤と自覚症状の関連性があるかどうか判断しましょう。

 ・症状が作業中または作業に関連して起こっているか?

 ・症状が一過性であるか、持続性であるか?      [

・症状が一定であるか、進行性であるか?       

(例)

 ・頭痛・頭重:後頭神経痛、筋緊張性頭痛、筋収縮性頭痛、血管性頭痛などとの鑑別

・めまい:作業との関連の有無について

 ・心悸亢進・不眠・不安感・焦燥感・集中力の低下:甲状腺疾患との鑑別

                                       など

<診察>

    視診:両腕をまっすぐ前に伸ばしてもらい、以下を確認

・手指、手掌:有機溶剤が直接、手に触れていないかを口頭で確認 

(溶剤が爪周囲に付着していることあり)T

・皮膚の乾燥、落屑、皮膚炎の所見

・手指振戦の有無

    結膜貧血の有無

    結膜充血の有無

    下肢腱反射(注:膝蓋腱反射は、膝痛・関節の疾患がないことを確認して行う。)V

○その他U

 

Y[\]

○特殊健康診断の健康管理区分

管理区分

症状区分

事後措置

当該業務への就業禁止

事後検査

医学的治療

管理A

第一次健康診断のすべての検査項目に異常が認められない者

管理B

第一次健康診断のある検査項目に異常を認めるが、医師が第二次健康診断を必 要としないと判断した者

医師の意見により制限

医師が必要と認める検査を医師が指定した期間ごとに行う

健康診断の結果、管理Cには該当しないが、当該因子によるかまたは当該因子 による疑いのある異常が認められる者

管理C

第二次健康診断の結果、当該因子による疾患に罹患している者

禁止
(医師が許可するまで
就業できない)

必要

管理R

健康診断の結果、当該因子による疾病または異常を認めないが、当該業務に就業することにより増悪するおそれのある疾患にかかっている場合または異常が認められる者

当該業務への就業制限、当該疾病および異常に対する療養その他の措置

管理T

健康診断の結果、当該因子以外の原因による疾病にかかっている場合または異 常が認められる者(管理Rに属するものを除く)

当該疾病に対する療養その他の措

 

○代謝物の検査内容と分布

対 象 物 質 名

検  査  内  容

単位

分 布

キシレン

尿中メチル馬尿酸

g/l

0.5

以下

0.5超  1.5以下

1.5

NN−ジメチルホルムアミド

尿中N−メチルホルムアミド

mg/l

10

以下

10超   40以下

40

スチレン

尿中マンデル酸

g/l

0.3

以下

0.3超     1以下

1

テトラクロルエチレン
(どちらかの項目)

尿中トリクロル酢酸

mg/l

3以下

3   10以下

10

尿中総三塩化物

mg/l

3以下

3   10以下

10

11.1−トリクロルエタン
(どちらかの項目)

尿中トリクロル酢酸

mg/l

3以下

3   10以下

10

尿中総三塩化物

mg/l

10以下

10超   40以下

40

トリクロルエチレン
(どちらかの項目)

尿中トリクロル酢酸

mg/l

30以下

30  100以下

100

尿中総三塩化物

mg/l

100以下

100超 300以下

300

トルエン

尿中馬尿酸

g/l

1以下

1超  2.5以下

2.5

ノルマルヘキサン

尿中25−ヘキサンジオン

mg/l

2以下

2    5以下

5

 


全体を通して、最も重要なのは問診と思われます。しかし、健診は基本的に「時間との戦い」の側面が非常に大きく、また有機溶剤以外の健診も同時に行うことも多く、どうしても時間の制約がある場合が多いのが現状です。

そこで既往歴や自覚症状の有無についての問診は、基本的には問診票の記載をもとに進めていただくのがいいと思います。ただ、時々、手・指の皮膚のひび割れがあるにもかかわらず、問診票には「特に訴えなし」と記載があるといったような場合があります。本人に聞くと、「これくらいのひび割れは“皮膚の異常”の項目にはあてはまらないと思ったから」といった答えや、時には「質問の項目が多くて、いちいちチェックするのがメンドくさかった」と言われる方も中にはいます。

従って、時間的制約があるとは言え、やはり問診票の記載を写すだけではなく、診察や測定結果(体重・握力等)に留意して、必要に応じて質問をしたり、項目を追加するようにしていきましょう。

 有機溶剤を扱う作業者の健康管理のためには、この有機溶剤健康診断から得られる情報が非常に重要となります。問診による聞き取り調査や身体所見はもちろん、対象物質によっては尿中代謝物や血液検査を行い、それらの結果から総合的に判定します。それによって必要であれば、対象受診者の有機溶剤作業内容の改善が行われることになります。つまり、有機溶剤健診を行う際には、その症状が有機溶剤と関連性があるか?ということを常に考えて診察することが重要になってきます。従って、問診の重要性が必然的に大きくなってきますが、症状の頻度や性質に注意して聞いていくようにしましょう。 

労働衛生機関ネットワーク研究会 座談会より


 

T―有機溶剤健診における診察所見の取り方をどうしているか?

    診察医によって所見の取り方に偏りがあり、業務起因に関係なく、有所見としている場合がある。例として、手荒れが気になる医師であればその日は手荒れの有所見が多いこと等がある。

 

U―有機溶剤健診の際に胸部聴診をしているか?

    一般健診と同時に実施している場合であれば聴診するが、特殊健診単独ではしていない。

    必要ないのに聴診をして、女性からクレームが来ることもある。聴診をする医師としない医師がいると、受診者側から不平等であるとのクレームが来たこともある。

    有機溶剤の特殊健診では聴診を絶対しないようにと決められているところもある。

    そもそも有機溶剤で聴診をするのはなぜかを考えると、受診者が診察された気分になるとの理由でやっていることが多い。有機溶剤単独の健診であれば、心雑音等の所見は、基本的に関係がないので、本来聴診は必要ないのではないか。

 

V―腱反射の所見はどのようにとっているか?

    とっていない労働衛生機関もある。

    時間が限られているため、片足のアキレス腱反射をとれば十分ではないか?長い神経でとるべきなので、上肢より下肢をとればいいし、障害が起こるならば左右対称性なので、片足だけでよいと考える。

 

W―尿中代謝物の採取法はどうしているか?

    週末の作業後に採尿して、事業所一括で冷凍庫で保存してもらい、健診当日に回収する。

採尿時刻・作業時間を記入してもらい、その尿を使うか、後日の尿を使うかは当日の診察医が判断する。

    以前は、作業後の夕方に回収していたが、現在は健診当日の随時尿になってしまっている。

    週末作業後に採尿して、健診当日に回収しているが、冷凍保存しているという話は聞いたことがない。

    トルエン等、代謝物によっては冷凍しないと揮発する為、冷凍保存が望ましいのではないか。

 

X―代謝物の尿比重の補正はしているか?

    あまりにも基準値から外れる数値が出たときは補正をかけるときもある。

    血中鉛とδ-アミノレブリン酸が乖離するときのみ補正をかけている。

 

Y―判定についてはどうしているか?

    治療中の疾患があれば全てTとしているが、受診者が既往歴を記入していないことも年によってある為、AATATなどのように、同じ人でも判定にバラつきがでることもある。

    労働衛生機関医はABだけを判定する。作業に関連がありそうなものはB、それ以外はAとし、B1B2の区別はしない。総合判定は、現場を知っている事業者の産業医に委ねる。治療中の疾患が、有機溶剤によるものと予測される場合はBと判定している。これまで唯一Cと判定したのはクロムによる鼻中隔穿孔のケースにおいてのみ。

    持病があればT、特に持病がなければAと徹底している機関もあるらしい。

    Tはつけない。特殊健診の項目に対して所見があるかどうかで判定しているので、有機溶剤に関係がないと判断すれば持病がある場合でもAと判定する。

    疾患自体が作業との関連がない場合でも、例えば腎不全や透析寸前の人の場合は、Rと判定したくなり、その前段階としてTと判定したくなることがある。

    自分で実際に診察して判定するときに、Rと判定したことが何度かある。

    業務によるものか不明で、何らかの肝機能障害があって、尿中代謝物を認める場合はRにしたくなる。

    基本的にCRはつけず、事業所側もしくは本人に指導をした上で判定をつける。

 

Z―尿中代謝物で分布23になったときはどうしているか?

@再検査はしているか?

    症状がないときは健康障害ではなく、作業環境を反映しているにすぎないので、再検査は特にしていない。

    再検査はしているが、擬陽性が多い。

 

A尿中代謝物で2回連続分布23が出たときはどうしているか?

    1回分布2だった時点で事業所に行って、対象者を把握して指導する。

    分布2で症状がない場合、専属産業医的立場であれば、作業環境などを自分で測定して判定できるから、健康障害がなければ判定上Aをつけ、要指導とする、または、判定Aだが分布2について取扱い注意としている。

    事業場側に対して、事業場窓口の人に、作業環境等を確認する旨を文書として押印の上、提出する。

    症状がないときは、B1と判定。事業場の要望があるときはV(再検査)と判定している。症状があるときはB判定で、作業条件を確認する旨をコメントに記載する。

 

[―問診では業務起因性の確認をしているか?

    バイトの診察医が多いので、そこまでチェックしてもらうのは難しい。事前に看護師に作業環境、局所排気、マスク着用の有無まで聞いてもらう。

    問診の段階で、看護師が、症状が作業に関係ありそうかどうかチェックしている。作業中に症状があるのかなど。作業に関係ありそうなものだけをチェックしている。

    診察時以外の業務起因性の有無についての情報収集は特におこなっていない。

    症状の訴えがある場合は、業務に就く前からあったのか、業務中だけに認めるのか、一日中認めるのか、3段階にわけて問診している。

 
\―尿代謝物を測定せずに、検尿だけで判断する際に、尿蛋白(+)の場合はどうしているか?

    有機溶剤による腎障害の可能性も否定できないため判定を保留とし、蛋白定性の再検査と、随時尿で蛋白定量を測定し、30以内であれば無症候性蛋白尿と判断し、30を超えていれば泌尿器科に紹介している。

    単にAと判定している。

    要再検とし、Aと判定する場合と、判定保留にする場合がある。

 

]―再検査とし、判定を保留とした後の対応について

    再検査としたまま、判定がつかないことは結構多い。

    再検した結果、(−)になるかもしれないが、再検査をしていない段階では、有所見と判定するしかない。

    要再検となった場合、有所見として判定している場合もある。